OP室看護師の不安と葛藤
こんにちは、ミントです。
今回は私が育休明けに移動になったOP室での不安や葛藤を言葉にしてみたいと思います。
私が勤めていた病院は病床数700床越えの病院でした。
育休に入るまでは胸部外科病棟といって、心臓血管・呼吸器外科系の患者さんが入院されている病棟に勤務していました。
そこでは心不全など慢性期の患者さんや、肺癌の終末期患者さんなどもおられ、濃密に関わる事も多くありました。
そんな私の移動先は自分で決められるわけもなく、看護部長からの電話を待っていました。
復帰が近づいたある日、看護部長から一本の電話が入りました。
「ミントさん、元気にしていますか?今日は復帰先をお知らせします。心の準備はいいですか?」と…。
もう、ドキドキでした!色んな病棟が頭に浮かびました。そして…
「ミントさんの復帰部署はOP室です」と言われました。予想外…(@_@)!
こうして私の復帰先は決まり、私の不安は増大していきました。
OP室の看護って、なに?
今まで病棟で勤務する中、OP室看護師との接点はOP出し、OP迎えくらいでした。
あと、術前・術後訪問で見かけるくらいで業務内容は全く想像できませんでした。
看護学生時代にOP室実習で見学してレポートを書いたくらいの経験…。
不安ばかりだったので、子供2人を保育園に慣らし保育に預けた後、OP室看護師の本を買いに行きました。
しかし、どの本を読んでもピンとこない…。
こうなったら実際に復帰して経験するしかない!と腹をくくりました。
OP室勤務初日
そうこう考えているうちに復帰の日がやってきました。
まず、前日に案内されたように着替え、更衣室を出ると洗面台が…。
帽子やマスクはあるけどどうしたらいいのか悩んでいると、元同じ病棟で勤務していた先輩が偶然出勤され、教えてくれました。
「ミントならどこに行っても大丈夫よ」と。
要するに、何が不安か分からないのが不安な状況になっていました…( ;∀;)。
しかし、先輩の一言で「やるしかない!やってみないとわからない!」と未知なる不安は無くなりました。
ロボットでもできるんじゃない?
そんな右も左もわからない中、徐々に業務を覚え、こなせるようになり、心に余裕ができてきた時期にふと思った事がありました。
ロボットでもできるんじゃない?OP室看護師の仕事…
なぜそう思ったか?それは患者さん確認・入室・麻酔導入までがあまりに機械的に感じたからです。
患者さんの意識がなくなれば挿管介助・IVH挿入介助・HT挿入・体位固定とより機械的に感じました。
患者さんとコミュニケーションをとれるのも麻酔導入までの数分間。
病棟との違いに困惑していました。
OP室看護師の専門性は?
そんな時、ある患者さんの術前訪問にお伺いし、翌日、その患者さんをOP迎えしていた時でした。
患者さんが不安そうな表情でOP室に入室されました。そして私の顔を見た瞬間、「ミントさん!ああ、安心した!今日はお願いします」
と笑顔になられました。
そしてOP部屋まで歩いて向かう中、「ミントさんの顔を見たら安心しました。昨日はありがとうね」と話してくださいました。
ベッドに横になっていただき、モニターをつけたり、色々と声かけを行いながら麻酔導入の準備をしていると
「ミントさん、眠るまで手を握っていてくれる?」と言われました。
私は緊張して冷たくなった患者さんの手を握り、声かけを行う中でOP室看護師の専門性の一部に気付きました。
OP室看護師にしかできないこと
私はこの体験から
OP室看護師はただロボットの様に同じ事を繰り返すだけが業務ではなく、患者さんの個別性に合わせ、患者さんの不安を取り除き、安全な手術をサポートし、麻酔で眠っている患者さんの声にできない声をいかに感じるか、気付くか、といった人間にしかできない事ばかりだ
と気付きました。
それを教えて下さった患者さんのおかげで、私は初めの葛藤を乗り切ることができました。
最後までお付き合いいただきありがとうございました☆彡
この記事を書いた人
- 看護学校卒業後、県立病院胸部外科病棟に就職。3年勤務し育休2年取得。年子で子供2人出産し、OP室復帰する。(その間、ケアマネージャーと福住2級取得)上の子が1年生になるのを機に特養に転職。3年目で交通事故に遭い、躁鬱病になり退職。直ぐに総合病院OP室に勤めるも短期間で退職。以後、脳外科病棟、ICU、皮膚科クリニック、特養立ち上げ、整形外科専門病院、老人病院、透析専門病院と転々とするも躁鬱病もあり長続きせず今は看護師お休み中です。
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