老人ホーム珍事件簿―9本の差し歯が・・・
現在私はある老人ホームに勤めています。
数年前、90代前半の笑顔の可愛らしい誰からも愛される利用者Aさんがいました。
年のせいか嚥下困難が目立ち、食事摂取量も減少し、活気低下が認められたため入院しました。
数週間後、嚥下困難はあまり変わりないのですが、時間をかけて食事を半分ぐらいは食べられるようになり退院してきました。
口の中を見ると、前歯の連なっている9本の差し歯が、浮いてグラついているのを発見しました。
数日後、その差し歯が無くなっていることに気づきました。
差し歯が見当たらない(-_-;)
どのスタッフに聞いても入れ歯と違って外して洗うものではないので知らないと言います。
ほぼ寝たきりで自ら動くことのないAさん。手すら動かすことがないのにどこに差し歯が行ったのでしょう。
グラついていたので外れてどこかにあるはずと皆で辺りを探しました。
Aさんの更衣する時やオムツ交換をするときに全身を探しても見当たりません。
Aさんを車いすに移してシーツ交換をしたのですがありません。
部屋をくまなく掃除して、ごみ箱の中をあさって探してもありません。
「Aさん、飲み込んだんじゃないの」とあるスタッフが冗談ぽく言いましたが、Aさんに嚥下困難がみられたので皆「そんなはずないでしょう」と口をそろえて答えました。
でも、待てよ冷静に考えてみると、どこを探してもないということは飲み込んだという可能性が全くないとは言いきれないことに気づきました。
傾眠がちで認知症を患っているAさんに腹部症状を聞いても、ニコニコ笑っているだけで何も答えてくれません。
お腹を聴診したり触診したりしてもAさんはニコニコしているだけなのでわかりません。
歯科医に、万が一差し歯を飲んだ場合どうなるか聞いてみると、「便と一緒に排出されればいいけれど、どこか突起があると腸に刺さって穿孔を起こす可能性がある」と言われ総合病院に受診しました。
まさかが現実に
腹部のレントゲンを撮ると、なんと9本の差し歯の画像がくっきりと映し出されたのです。アーチ状になっており歯そのものでした。
嚥下困難があるAさんが、あのアーチがかかった9本連なった差し歯を飲むなんて信じられませんが、レントゲン結果により現実を突き付けられました。
その後、胃カメラや大腸カメラをしたのですが、カメラで取り除く位置にはないことがわかりました。
Aさんは高齢なため、ご家族とも相談し手術をして取り除くことはしないことになりました。
その後、その差し歯がどうなったかというと・・・・
無事に排出されるように祈る日々
差し歯が腸に刺さって穿孔となっては、高齢であるAさんにとっては命取りになるかもしれません。
医師は、便と一緒に排出されるようにと下剤を処方してくれました。しかも、ラキソベロン内用液を1日1本飲むようにと3日分処方されました。
Aさんは、背もたれに寄りかかれば座位が保つことができたのでトイレを利用していました。
ラキソベロンを1本、毎日飲むと毎食後滝のように便が排出されます。
高齢なAさんにとってこんなに下剤を使って大丈夫なのかと不安になるぐらい便がでました。
そんな私の不安に反してAさんが日に日に元気になっていくではありませんか。
自ら周囲の人に話しかけるようになり嚥下困難がだいぶ改善され食事量も増えたのです。
連日の下剤内服で宿便が出てデトックス効果につながり元気を取り戻したのかもしれません。
しかし、差し歯は、3日経過しても排出されず、さらに同量の下剤を飲み続けました。
排出されたのはなんと10日後でした。
しかも、スタッフは、差し歯が排出したのは気づかず病院でレントゲンを撮りすでに体外に差し歯が出ていることに気づきました。
さいごに
今振り返ると、9本の差し歯が喉につかえて窒息せず、飲んだ後は腸穿孔を起こさず本当に良かったと心から思います。リスクを考えると恐ろしくなります。
無事に体外に差し歯が排出されたのは、Aさんの運の強さだと思います。
この事件があってから、日々の口腔ケアで歯のチェックを念入りにし、歯の異常があった場合はすぐに歯科に診て頂くようにしました。
Aさん、沢山のことを学ばせて下さりありがとうございます。
この記事を書いた人
- 十数年、一般病院で勤務。その後、老年看護、認知症看護、ターミナルケアに興味があり老人施設に就職しました。現在、認知症ケアに特化し、看取りを積極的に行っている老人施設で働いています。
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十数年、一般病院で勤務。その後、老年看護、認知症看護、ターミナルケアに興味があり老人施設に就職しました。現在、認知症ケアに特化し、看取りを積極的に行っている老人施設で働いています。
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